大森義成 滅罪生善道場 密教 善龍庵

懺悔 供養 祝福 報恩 敬愛 (c)善龍庵 大森義成 禁無断転載

法話

浄土はいずこにある

阿弥陀如来の極楽浄土や弥勒菩薩の兜率浄土は一体どこに あるのだろうか? 高祖弘法大師は 「安楽都史(あんらくとし)は本来(もとよりこのかた)胸中なり(性霊集)」 と述べられている。 安楽は極楽浄土、都史は兜率浄土のこと。 浄土はもとから自身の胸…

言葉と心と現実と

言葉は心を作ると、ある心理学者から伺った。 話す言葉で心も人相も変わってくるから不思議だ。 真言宗は身口意の三密を旨とするにも関わらず、中でも口密である真言を表にして「真言宗」を標榜する。 これまた別の臨床心理の学者から伺ったのだが、私たちの…

人生の三宝

これは宗教家、故橋本徹馬師のことば。 私が21歳のとき一週間の断食をしたのだが、その断食道場においてあった「神人一体の自覚」という本の巻末に掲載されていた。(この本は絶版) 橋本師は政治評論家から宗教家に転身されたかたで、断食、滝行、四国遍路…

修行には痛みを伴うことあり

昔、子どものころ転んでひざを擦りむいた。 ほったらかしにしていたら、化膿して病院に通った記憶がある。 単に消毒するよりも、すぐに傷口をしっかり水道水で洗うのがよいのだ。 すると傷に入ったゴミや菌なども洗い流してくれる。 しかし、流水に傷をあて…

何が一番良く効くのか?

しばしば、「何の真言や陀羅尼、修法が一番良く効くのか?」という質問を受ける。 答えは簡単、自分が心の底から信じている真言が、一番良く効くのである。 しかし、これをすぐに合点して、実践できる人は、かなりの達人。 そこに到達するために、あれこれ修…

開運させられない霊能者 - 金翅鳥院のブログから

開運させられない霊能者 - 金翅鳥院のブログ この羽田先生のブログのお話、参考になりますね。 私も今までこういう行者や霊能者を何人も見てきた。 会う人ごとに何がついてる、誰がついてる。 などと口癖のようにそう言ってる人。 それも大体悪いことしか言…

慈悲メガネ

しばしば、仏天に怒られているのではないか? あるいは、怒られるのではないか? という内容のご相談をいただく。 これはプロの行者の間でもそう言う話を聞く。 私たちは何事か病気や災難に会うと、不安になる。 不安を払拭したいので、その原因を求めたくな…

気に病むまえに

何か心配ごとがあれば、それが常に気になるのは自然なことだ。 なぜなら、そういう風にできているからだ。 中には「ケセラセラなるようになるさ」という人もいるだろう。 人それぞれ自然なことなので、良い悪いはない。 ただし、どうしようもないことが気に…

仏さまの相好を仰ぐ

身近な所に好きな仏様の写真などを置いて、その姿を眺めるだけで心が落ち着いてくる。 これだけでも普段できる立派な修行である。 好きな仏様は、ある意味自分自身の中にある仏性の現れである。 私の好きな尊像は、高野山霊宝館で時折拝観可能な萬日大師(金…

迷悟(めいご)我にあり

以前「大森先生は信仰していて、迷うことはないのですか?」との質問をいただいた。 素直な質問だと思う。 当然、迷うことはある。いやいまだに迷いながら、つねに自問自答の信仰生活である。 私は中学時代から真言密教に縁があった。同級生からは変わり者と…

好きなお守りとともに

お守りは神仏を身近に感じる。 神仏と私たちをつなぐ。 かばんに着けたり、財布にいれるなど、どういう身に着け方でもかまわない。 お守りと共に生活することが大事 身に着けるのは信仰している寺社や神仏等のお守りでよい。 あるいは、ご縁つなぎの視点では…

捨て任せにすな

私の尊敬する神道家、黒住宗忠師は、終始一貫、神にお任せするということを説かれていたが、同時に「捨て任せにすな」と教えられた。 これは「天命に従って人事をつくす」ということ。 そのためには、まずは「自らが、どうしたいのか?」を具体的にはっきり…

信仰あるものの心得

先日、法友のT師が来庵された。 彼は在家ながら仏教系の大学を卒業し、学問にも通じて頭脳明晰である。 しばらく社会人として勤務を経て、仏縁が熟して僧侶の道を歩んだ。 現在の日本の僧侶社会は、ほとんどが寺院の子弟が継承しているためか、独特な世界で…

一切衆生シリソワカ

「嫌悪感を感じる人に対してシリソワカと祝福するべきか。抵抗を感じる」という質問を複数いただきました。 ある意味、自然でもっともな感覚です。 そういう場合は今はやらなくていいです。 そして、抵抗なく、できる人から祝福していくのがよいでしょう。 …

焦らないこと

思ったようなご利益がないと焦る。 もちろん、よくなったり悪くなったりすることは誰にでもある。 浮き沈みがあるのが、この世の習い。 地道な信仰を続けていると、次第に少しづつよくなっている。 浮き沈みのふり幅も少しづつ減る。 そこに着目。 着目した…

利益の遅速と気づきと

ご利益は自分が願った通りになることだけがご利益ではない。 神仏は最終的にその人が、その人なりに良くなるように導くためにご利益を授ける。 それは慈悲によりご利益を授けるからだ。 だから、いろいろ山ほどお願いしても、どうなるかは神仏の御心次第であ…

信仰の成長を止めるもの

真言密教に入門する修行者は四種心を発こすこととされている。 その中に、勝義心(しょうぎしん)といって、勝れた教えを求める心を持つことが三番目に説かれている。 これは密教にかぎらず重要で、この心がないと例えばカルト宗教などにはまってもそこから…

死後の修行

konjichouin.hatenablog.com この羽田先生のブログに投稿された質問。 素直な質問ですね。 さて先祖が浄土に往生しているのに、なぜ施餓鬼供養するのか。 まず、それは浄土にいってもそれでおわりではありません。そこで仏道修行するのです。 たとえば極楽浄…

信ありて感応あり

以前、ある大徳から伺った話。 その大徳は◎◎経の信奉者だった。 そのお経を日々何度も唱えていた。霊験もたくさんあった。 あるとき、弟子から「△△経が功徳があってありがたいです」と聞いて、 100日間△△経を唱えた。 しかし、まったく効験がなかったそう…

うしろどのだいじ

神社参りの秘伝 - 金翅鳥院のブログ 羽田先生がブログに書かれているこの拝み方。 両部神道にも伝えられていて、独特の作法があります。 後門(うしろど•こうど)の大事といいます。 裏に回って拝むのは、その主祭神の内證(ないしょう 本地垂迹なので心は仏菩…

施餓鬼の法味

施餓鬼供養は仏教修行の基本、六波羅蜜のうち布施の行にあたる。 諸餓鬼はその業により飲食をとれないので、その喉をあけてやり、加持した飲食を施す。これによって餓鬼の飢渇はすくわれる。しかし、ただそれだけでは終わらない。 餓鬼は慳貪(かいつまんで…

天部の障碍を除く法

天部の障碍を気にする人がいるが、いたずらに恐れることはない。 もちろん敬いの気持ちは大切である。 さて、仏教の天部はあくまでも仏教の守護神である。 一番大切なのは仏法僧の三宝に帰依をして、仏道修行を自分の出来る範囲で志すことだ。 するとそのご…

どうしようもないとき

人間、生きていると自分の力のおよばない、「どうしようもないとき」が何度か訪れる。 密教の精神修養を志す方は、そんなときには、合掌して、ただ真言を念誦することだ。 多くは、時間が解決することがある。 それまで耐えるために、ひたすら自分の信じる仏…

人間関係の悩みの対応法

人間関係の悩みを抱える方は多いと思う。いや、ほとんどすべての方にあると言っても過言ではない。 対応策は現実的、法的なものから、様々であるが、 精神修養の観点から少し参考になりそうなものを紹介する。 まず、その時々の自分自身の気持ち、感情はジャ…

延三七歳大事

「えんさんしちさいのだいじ」と読む。准胝観音の延命法である。 延命法は文字通り延命を祈る法である。この法を毎朝怠りなく拝むと、准胝観音が閻魔王に命令して3×7=21年延命するという。 ただし、延命法は増益法(そうやくほう)の一つであるが、単に…

霊感者は指導困難 - 金翅鳥院のブログから

霊感者は指導困難 - 金翅鳥院のブログ この羽田先生のお話は、私もそう思います。 私が昔お世話をしていたお寺の先代住職さんは、かなりの霊感のある人でしたが、必ず仏前で拝んで感じたことを伝えていました。 尋ねられたらパパッと答えるということは一切…

真言密教の施餓鬼供養

真言密教の施餓鬼供養には、そのもとになるテキストがある。それを儀軌(ぎき)という。 何種類かあるが、なかでも 『仏説救抜焔口餓鬼陀羅尼経(ぶっせつくばつえんくがきだらにきょう)』と『施諸餓鬼飲食及水法(せしょがきおんじきぎっすいほう)』(と…

霊的な脅しからの脱出 その2

霊的な脅しからの脱出 - 大森義成 滅罪生善道場 密教 善龍庵 この話には後日談がある。 それは佐伯大僧正からお伺いした話 『真言密教の霊魂観』(朱鷺書房刊、絶版)の中にも少し触れられている。 大僧正がこのような話を本に書いたのは、その霊能者が亡くな…

インベーダー襲来? - 金翅鳥院のブログから

インベーダー襲来? - 金翅鳥院のブログ 羽田先生のこのお話はとても大切だと思いますのでリンクさせていただきます。 話は少しそれるかもしれませんが、師匠選びはとても重要です。 楽屋話で恐縮ですが、 師匠となる人の中には、弟子を単に自分の承認欲求を…

仏さまが近く感じる

滅罪会で懺悔して山ほど懺悔することが出てきた人で、仏さまに預けるのに まだなれていない方は、ほどほどにしてよいです。 その代わり真言念誦を丁寧に繰り返し、そのご加護をいただいているのを、力みを抜いて体で感じてみましょう。 無心に念誦してもよい…