東城百合子先生の『自然に生きる』地湧社刊には、わたしが苦しいときに随分たすけられた。
先生の追悼のために、何回かにわけて、同著から心に響いた言葉を紹介したい。
わたしたちならば、自然を神仏と置き換えればわかりやすい。
心が空っぽになって、向こうお任せです。
自分でどうしよう、こうしようというのが無くなって空(から)の時、自然の力が働く。
そうなった時に細胞は喜んでそのように働きます。
そうすると自然のエネルギーが入り、活力が出て、それだけで力になるに決まっています。
エネルギーが向こうから入ってくるのです。
ですから(玄米などの自然食を)食べるから良いということではないのです。
体と心がパイプのようにがらんどうでないとずっと向こうのエネルギーは入らない。
人間が頭で考えてああじゃなきゃ、こうじゃなきゃと考えている間はだめです。
それでパイプが詰まって、もうどうにもならない、もうお手上げと、言った時に気持ちが座ってしまいました。
すわったら空(から)になりますから向こうが働きます。
自然の力が働いてくれるのです。そして神経というのは神の道と書きますから、自然の力で動く。
自律神経が自由に動き出したら細胞だって働く。そして体だって動く。
そうしたら流れるに決まっています。
溜まっていたものがみんな流れる。
これは人間がやることではありません。
自然がやることです。
それはやってみて後でわかりました。
あーそういうことだったのかと思いました。