施餓鬼供養や修行によって、ご自身の家庭の悩みが8割方減っていったというご報告を頂いた。
残りの2割はご自身の修養のバロメーターであるとお伝えした。
私たちの人生は常に順風満帆というわけにはいかない。様々な通行止めに出くわす。信仰していてもそういうことはおきる。
原因は様々だが自分の業のせいもあるかもしれない。神仏のお試しの時もあるだろう。単なる巡り合わせということもある。その時心構え一つで違った展開になる。
「通さぬは通すがための道普請」
確か天理教関係の言葉だったと記憶している。
道路工事をしている時に通行止めになる。
それは傷んだ道を直して、通すための通行止めである。私達の霊的な向上が傷んだ道を直すことである。
誰しも悩み苦しみは嫌なものである。それが、なかなか解消できない時は先の言葉を思い出してみる。
今は人生での通行止めなのではないか。
生き方や考え方を省みる時ではないか。
そう悟ると、悩み苦しみは私達の霊的修養、向上の糧になる。
悩みのもとは煩悩である。
その人の修養次第で、通行止めは解除になる。煩悩即菩提となる。
【ここからご報告】
大森先生
こんばんは。〇〇でございます。
供養次第拝受いたしました。ありがとうございます。
思えば、先生の施餓鬼供養と出会い、1年となりました。
息子の荒れ、妻のヒステリー等、家族の問題に右往左往のなかでした。
施餓鬼供養を続け、また種々の行に参加させていただく中で、
多くのことに気づかせていただき、現在も、(変な言い方ですが)施餓鬼供養や滅罪会などの行を楽しみに進めています。
(落ち着きを得られたり、充実感を得られたりします!)
家族の問題も、ゼロというわけにはまいりませんが、1年前から比べると、8割減(!)くらいで穏やかになりました。
これからも供養、行を続けていきたいと思っています。
今後ともご教導方お願いいたします。
取り急ぎ供養次第拝受のご連絡と御礼まで