大森義成 滅罪生善道場 密教 善龍庵

懺悔 供養 祝福 報恩 敬愛 (c)善龍庵 大森義成 禁無断転載

1月滅罪会の感想その5

自分の本当の気持ちに気づくことが大切です。

 

親子関係による葛藤は、時に自分に訪れる様々な恵みを受け取れなくすることがあります。

罪悪感などを使って、自分は受け取るのにふさわしくないと思い込んでしまうのです。

 

仏様のご加護のもと、懺悔によって罪悪感が浄化された時、偽りを捨てて、心の奥底にある本当の気持ちに気づき、今ある恵みを受け取る選択ができるのです。

 

 

 

ここから頂いたメール
 
大森先生
こんばんは。○○です。
いつもお世話になりありがとうございます。


一月も滅罪会で修行させて頂くことができて、心から感謝しております。


滅罪会二回目の次第をいただいてすぐ目を通したとき、胸がぐっと押されるような苦しみを感じました。
そしてもう亡くなって四年経つのに私はまだ母を赦していなかったのだと感じました。


衣食住に不自由なく育てていただいて、高等教育も受けさせていただいて、両親には感謝してもしきれない、と頭ではいつも考えていました。


しかしながら、私が母のお腹を蹴ったから流産したと母から言われた事や、母を頼ろうとすると、恐ろしい顔でお前は敵だと言われて拒絶された事、私が泣いているとゲラゲラ笑われたことなどの記憶が、ふと湧き上がってきます。


悲しく、恐ろしい思い出でした。
お化けと一緒に生活している恐怖でした。
大好きなはずの人が怖いお化けでした。
思考の論理性がぐちゃぐちゃになるような体験でした。


そのせいでしょうか、「お母さん大好き」と、素直に感じない子供でした。
母に対してのみならず、離人感と申しますか感情が常に借り物のようでした。
他人と一緒にいる時はどう振舞ったらいいのかわかりませんでした。


もちろん、母の思い出はこれだけではなく、嬉しかったこと楽しかったこともたくさんありました。

今思い出してもありがたいと思います。
愛情深く育てていただいたと思っています。


でも、この優しいお母さんが、いつ突然恐ろしいお母さんに変わってしまうかわからないという不気味さや、いつも私の甘えたい気持ちを拒絶されることへの激しい怒りを感じていました。


二日目の修行中、准てい菩薩の真言を唱えている時のことです。
恐怖を感じてもいい。不気味だと感じてもいい。怒りを感じてもいい。
それでも「お母さん大好き」と言って良いのだと悟りました。

 

私の母は不気味で恐ろしい。
でもそれ以上に私はお母さんが大好き。
お母さんに近寄れないことは悲しい。
受け入れてくれないのは腹が立つ。
心からそう思えたら、胸が暖かくなってホッとしました。

私は生きていると感じました。


これは異常な思考だとは思うけど、私にとってはこれが真実です。
真実を受け入れることができて、初めて心が生き生きと生き始めたと感じました。


そして、人間らしく生きるために私には母を赦すことが必要だったのだと感じました。
この母に生み育てていただいたので、この私があり、私は私が好きだと初めて思いました。


今回の修行で、今生のうちに

愛さない。愛されない。愛されているのにいただいた愛を受け取れない。
という地獄から仏様に救っていただいたと感じました。


今まで生きてきた時間よりこれから先は短いけれど、これからの私は、愛したり憎んだり愛されたりしながら喜んで生きていくのだと思います。


このような魂の癒しをいただく機会を与えていただきまして、ありがとうございました。

 

 


寒さ厳しきおり、どうかお健やかでお過ごしくださいませ。

 

追伸

今回は頭が空っぽになるまで真言を唱え続けたのが良かったと感じています。

 


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