①懺悔により准胝観音、法身釈迦如来(宝篋印塔)が私たちの罪業をお供物として引き受けてくれる。
罪業はロウソクのロウ、懺悔は灯芯に火をつける、火は仏さまの智慧。
はなから神仏はお見通し、遠慮なく懺悔するとよい。
それが仏さまのお働きなのだから。
仏さまを越える悪業はないので、当然罰せられることはない。
もしも、なにか罰ではないか?と感じたときは、罰ではない。
気づきを促されているのである。ある意味好機、さらに懺悔工夫するとよい。
②本尊をはじめ、諸天善神が守護する。
懺悔は功徳が大きい。ゆえにそれに随喜して諸天善神が守護する。
ご先祖も喜ぶ。
③修行者同士の功徳がお互いに支えあう。
自分一人で修行するのではなく、修行者同士の功徳が響きあい、回向しあってともに安全に修行する。だから修行ができないときは休んでよい。この流れに参加することが、すでに修行を成就しているのとおなじだ。
もちろん、人それぞれに合った修行があるので、懺悔が苦手なら、ほかの施餓鬼や報恩感謝、祝福などを修めればよいだけである。