この羽田先生のブログに投稿された質問。
素直な質問ですね。
さて先祖が浄土に往生しているのに、なぜ施餓鬼供養するのか。
まず、それは浄土にいってもそれでおわりではありません。そこで仏道修行するのです。
たとえば極楽浄土なら阿弥陀如来校長率いる仏道修行学校に入学したようなもの。
そこで説法を聞いたりして、膨大な時間をかけて修行して成仏を目指します。
退学はないので、入学さえできれば、いずれは成仏できるありがたい学校です。
その学校も9コースあります。ちなみに生前密教修行をして阿弥陀如来の浄土に往生したいと願えば、上級コースに行きます。
ですから有縁の浄土(なにも阿弥陀如来の浄土だけではありません。諸仏にはそれぞれの浄土があるのです)にて、さらに修行がすすむように、子孫が後押しをするのがご先祖供養であり、施餓鬼供養もこれに含まれます。いわゆる追善供養です。
施餓鬼供養により、多くの餓鬼を救った功徳をご先祖に回向するのです。
ゆえに施餓鬼供養は無数の如来を供養した功徳と同等であると説かれています。
お釈迦様も人間に生まれて成道したように、人の世界は仏道修行に相応して、功徳を積みやすいのです。
まあ、中には浮かばれていない、餓鬼道にいるご先祖もいるかもしれません。その場合は直接、施餓鬼をうけて有縁の天か浄土に行きます。
浄土にいて回向を受けたご先祖は、受けっぱなしではなく力をつけて、私たちを加護してくれます。つまりご供養は一方通行ではなく、相互によい影響をもたらすのです。
相互供養 相互礼拝です。
東寺の蓮