大森義成 滅罪生善道場 密教 善龍庵

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令和4年納め万霊総供養の感想その16

大森先生
初春のお慶びを申し上げます。
ご無沙汰しております。お健やかでいらっしゃいますか。
 
大森先生に初めて施餓鬼をお願いしてから、私は御先祖様とどう向き合ったらいいのか、ずっと考えていました。
 
私が生まれ育った家庭では、両親とも無神論者でした。世の中には神も仏もおらず先祖の霊もいない。自分以外は誰も頼れないという考えを教え込まれました。
 
曽祖父の代で一家離散したので帰るべき田舎はなく、先祖代々の墓にお参りしたこともありませんでした。
 
それもあってか、私はご先祖様は何か面倒くさい鬱陶しい不気味な存在と感じていました。
 
しかし母の死後いろいろ気になることが起こり、大森先生に施餓鬼をお願いしてから各種の修行や供養の行事に参加するご縁をいただきました。
 
それからも御先祖様にどのような気持ちで向き合ったらいいのか手探りでした。
 
一般には自分の苗字の家の御先祖さまをご供養するものなのでしょうか?
はじめの頃私は、両親の生家の御先祖様も共にご供養していました。孤児だった父の両親である父方の祖父母と御先祖様を父に代わって代理供養していました。父は自分の両親の供養をしたことがなかったからです。
 
しかしある時、代理供養して功徳を積むことは出来るけど、供養して対象の霊と向き合うのは一人一人の責任でもあると気づきました。
 
また父方の家系は続いているので80年前に亡くなった父方の祖父母も御先祖様と一緒にちゃんとご供養されているから、私が父の代わりに頑張らなくてもいいのかもしれないと思いました。
 
今年は三日間穏やかな気持ちで修行いたしました。
 
2年前初めて先祖の墓を探し当ててお参りした時、地元一番人気で行列していた海鮮料理屋に行った時のことを思い出しました。
私の前に並んでいた人たちが待つのを諦めて去っていったおかげで、滑り込みで入店できたのです。
 
あの時は、まるでちょっと強引な御先祖様が地元の魚を食べて行け、酒を飲んでいけと言って、先に並んでいた人達をどかしてしまったようだと感じました。
でも同時に「とはいえ私の自腹じゃん」と思っていました(笑)
 
でも、そこで昼からちょっと贅沢な山盛りの刺身定食とウニの貝焼きとメヒカリの唐揚げを躊躇なく食べ、地酒を飲むことができる私であることが、御先祖様から伝わっている大きな遺産なのだと気づきました。今更ながら御先祖様に心から感謝しました。
そして今ここで生きている私と御先祖様がリアルに繋がった!と感じました。
 
 
 
この事は既に一回ご報告しましたね。
あの時はもっと深刻なトーンで、両親や血族と少しずつ和解していきたいという思いを書きました。
2年たってこのように感じ方が変わるとは思いませんでした。それも供養を続けているからだと思います。
 
うちのように御先祖様との関係が途絶えそうになった家では、供養は少しずつお互い心を通わせ合う暖かい関係を再構築していくという意味もあるかと思います。
 
また御先祖様を入り口にして神仏のご加護につなげていただいているありがたさを感じます。
 
先生は供養するものは供養されるとおっしゃっていますが、守るものは守られるとも感じます。御先祖様に守られて生きている自分を感じます。
 
私は今も、今までも幸せですが、もっと感謝できるように、これからも、もっと幸せになろうと思いました。
 
寒さの厳しい折、どうかお元気でお過ごしくださいませ。
 

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高野山奥之院にて撮影