大森先生
いつもお世話になっております。
先月からのお施餓鬼供養と滅罪会を通じて頂いた御利益一覧です。
1 親戚の宅に良くない親戚が出入りしていたが、向こうがトラブルを起こしてくれ、滅多に来なくなった。
2 詳細は省きますが、トラブルが生じ濡れ衣を着せられそうになったが、誤りを指摘し、見事に場を納めたことで周囲に一目置かれるようになった。
3 暴飲暴食をしている父親が大腸検査をしたが、3年前はあったポリープ(悪化していると思われていた)が、何故か無くなっており、全く問題無くなっていたこと。青蓮院の青不動明王様のお力もあるかと。施餓鬼供養と滅罪会の下地があってこそ。
4 母が辛い過去の経験から脱却しようとしつつある。凄い進歩で驚いている。そして、パソコン教室に通い始める等前向きに生きている。
5 家族全員で高野山に参拝出来、特に弟を南院の浪切
不動明王様の所に連れて行けたこと。
6 自分の人生の軸が見えてきたこと。
いやあ色々ありすぎて、良い流れに乗っているのを実感しています。その中で、自分の人生の軸が分かったのは、自分的に大きな御利益でした。
思い返せば、私は生まれた時から祖母と母の壮絶な闘いの間で生き、小中高でも人間同士の争いの中で、何かしら場を納める(浄める、正すというか)という役目を毎回担ってきました。生まれついた家自体も争い事が絶えない家で。私は、私をもってして人を正して来たのだとようやく分かりました。図々しい言い方をすると、神仏の御意志、かもしれないと。
実は、1月に先生に三界万霊の施餓鬼供養をお願いした時、何故かずっと脳裏に
白い着物を着た髪の毛ボサボサの若くて綺麗な女の人が膝の上に大きな石を乗せられ随分しんどそうにしている姿が浮かんできました。
私はこういうのがあっても、基本「まあ気のせいだろう」とスルーするのですが、先月の滅罪会でもその人が出てきて。そして、今月あった上記の濡れ衣事件の時もその人の姿が浮かんできて。
それでこれは普通じゃないな、と。
それで、先生にメールした日、伏見稲荷大社さんと雨宝院さんからの参拝帰りでバタバタしておりました。雨宝院の谷田先生とは話が盛り上がり、このことを聞いてみました。
「泥の様な中に沈んでおりようやく浮かんできて、その方が笑顔になるようにお供養を~」といつものあの感じで説明して下さいました。
何か私の気のせいなら良いのですが、他にも女の人でいるんですよ。うちの家ヤバいなと思うと同時に、だから私が色々苦労(笑)するのね~と思わざるを得ません。
だから名前が分からないので、「今まで当◎◎家に苦しめられてきた方々」とさせて頂きました。昔からの言い伝えみたいなので、「◎◎の家の人間は恐ろしいくらい頭が良かった」というのがあるんですよ。形容詞が「凄く」ではなく、「恐ろしいくらい」、というのがミソだなと思っていたのですが、何か分かります。
色々恥ずかしいです。
すみません、先生。長々と書いてしまいまして。いつもありがとうございます。先生あってのうちの家です。先生がお施餓鬼供養されてなかったら、うちの家はもう崩壊しております。本気でそう思います。
本当にありがとうございます。今回もよろしくお願いいたします。でもご無理されないで下さい。どうか先生ご自身のお身体を大切に。
施餓鬼作法 上田大和尚筆