大森義成 滅罪生善道場 密教 善龍庵

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「見張られて」から「見守られて」へ

(御同行から頂いた感想をご紹介します)

 

日々の生活において、たまたま物事が上手くいくと調子に乗り、時には有頂天になっていると
「気づかされ」があると感じています。
例えば、そのまま進むと崖から落ちていたところを、道端に転がっている
大きな岩に躓いて転んで、痛い思いをしただけで済むような。


いつも諸仏諸天、ご先祖様、守護霊様に「見張られて」いると思うと怖いのですが、
見方を変えれば、道を大きく踏み外さないように「見守られて」いるのだと思うと
只々有り難く思います。


毎日の施餓鬼供養や感謝行、祝福行に精進することの大切さを再認識しています。

 

 

大森追記

仏様は気づきをうながすため注意することはありますが、罰は当てません。

もし罰だと感じることがあるならば、それは自分が自分に罰を当てているのです。

仏様を恐れるのではなく、畏れることが大事ですね。

はじめに恐れがあっても、正しく修行をつづけると、いつのまにか、畏れになります。


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東寺にて撮影 修行大師