すべての者、刀杖を怖れ、すべての者死をおそる。己をよきためしとなし、人を損ない、はた損なわしむるなかれ。仏教聖典(友松)72頁
お大師様を信仰するということはどういうことであろうか。
それはまずお大師様に、自分の健康や智慧や富貴や長寿や運命をお守りくださる不思議な能力のあるお方として、お頼りすることである。
実際真心をもってお頼りするものは、昔も今もお守りを受けているのである。
ところが、そういう人の中には、自分の願いが叶うと無性にありがたがるけれども、あとは忘れてしまう人がある。
のみならず、もし願いが叶わないと腹を立てたり、信心をやめたり、または他の教えに移ったりすることもある。
もとよりこれは浅い信仰である。あるいは誤った信仰である。
中にはまたそういう人は別に、願いが叶わなくとも、不幸が続いても、一心におすがりして、その信心を変えない人がある。
これが実は真の信心である。
そういう人は健康や長命や出世や金儲けよりはもっともっと良いものをいただくのである。病気や貧乏や失敗にも破られな宝物物をいただくのである。
いわば心の宝を積むのである。その人は世の中は、健康や富貴や才知よりはもっともっと貴いものがあるということがわかり、実際にその貴いものを知るのである。
もちろん、そういう人はゆくゆくは身体も良くなり生活も楽になり、人々からもあがめたてられるようになるのである。
続く
本文『神代峻通講話集』神代峻通講話集刊行会刊(高野山出版社内) 昭和35年8月10日発行より転載
神代先生の墓碑