こういう質問を頂いたのでご本人の許可を取って掲載いたします。
修行中にそういう懺悔したいことが浮かび上がらなくても、ただ拝むだけで大丈夫です。修行した功徳や仏様の力、同行の行者たちの功徳が加わって、しかるべき時に浮上してくるものです。
実際この方は、日常生活ふとした時に罪悪感が浮かんでくるということでした。その時はすぐに真言を唱えて懺悔滅罪すれば良いのです。
滅罪会の修行はその時だけのものではなく、常に懺悔するための訓練でもあります。
豪潮大和尚は百千の川が大海に注ぐごとく、全ての仏教の修行法は「懺悔」の二文字に極まると解かれております。
ですから仏道を志す方は、終生「懺悔」するということです。
【ここから質問】
大森先生
おはようございます。滅罪会2回目 ○○です。
ご質問をしたいと思い、失礼致します。
昨晩も頂いた次第を行っていたところ、ふと気づいたのですが
一つ二つ…と少ない数はあるのですが、とってつけたような内容で、
罪悪感を感じている懺悔をしたいと感じる内容が無く、
〇〇を懺悔します、といった部分が、特に罪悪感を感じる過去の記憶が出てこず…
(元々過去の記憶に蓋をしているのか記憶が良く欠如します)
真言行も気が散って無心にやれず、数もまばらです。
そういった場合は、どうしたら良いでしょうか…?
准胝懺摩法(豪潮大和尚編)