先般ある阿闍梨の伝授をうけたとき、
「けっしてこの仏様はこれが得意で、これが不得手などと思ってはいけない。それは仏様を軽んじることである。どの仏様も万徳を具えているという意識が大切である」
と教戒された。
たしかにその通りだと再認識した。
ご利益が早い遅いというので、判断するのも要注意である。
えてして、われわれは自分つごうで仏様を枠にはめてしまう。
お寺側も、願目を説いておけばわかりやすく、参拝者を集めやすいというのもあるだろう。
ただし、それはあくまで人間都合である。
だから私は、「これこれに強い仏さまや真言を教えてほしい」という問い合わせには、
ご自身が普段信仰している念持仏、御本尊を念じなさいとお伝えしている。
普段から地道におがんでいれば、いざというとき感応するものである。
(そういうことを普段していない方には、私が拝んでいる仏様をお伝えしている)
それでは、なぜたくさんの仏様がいるのかといえば、私たちがそれぞれご縁や機根が違うからである。その人に相応しい仏様がいるからだ。
だから、仏縁あって礼拝する本尊を軽んじてはいけない。
(複数の仏様を信仰し拝むのは大丈夫。それは仏様はグループをつくり、私たちを救う性質があるからである。集団の力である)