大森義成 滅罪生善道場 密教 善龍庵

懺悔 供養 祝福 報恩 敬愛 (c)善龍庵 大森義成 禁無断転載

生まれてよかった

去年の敬愛修行会の体験談をいただきました。
苦しく辛い困難を生きぬいてきた、その大きな力に敬意を表します。
 
そして、私達にはみな、この娑婆世界にて、生き抜く力をもっています。
なぜなら私達の心の中に、最も尊い仏様が本来あるからです。
それに気づいて、外にあらわすのが、密教の修行であり供養です。
 
 
ここからいただいたメール
 
敬愛修行会の功徳は強く実感しています。
添付した写真は、西村公朝さんの「わが般若心経」で、20年程前に出版社の新刊プレゼントに当選したもので当時、一読して本棚の奥に並べていたのですが、昨年の敬愛修行会の後、本棚の手前にこの本があり、何気なく手に取り扉を開くと写真の
「生まれてよかった  公朝  2002.8 吉日」の著者サインが目に入って驚きました。
 
私は母に虐めぬかれて育ち
「生まれてこなければよかった」
という思いが常にあります。
トラブルなどがあると特にその思いで心がいっぱいになります。
当時はまさにそんな心もちの時で「生まれてよかった」の文字は心を見透かされているような思いになりました。
 
本の中には、著者がなぜ「生まれてよかった」とサインするようになったかも書かれていました。
「いろいろな理由で親や先祖を嫌う人がいます。……しかしそういう人こそ逆に、その境遇を与えられている、世間の苦しみや悲しみを感じさせてもらっているのだと思ってほしいのです。残酷な意見に聞こえるかもしれませんが……」
と続いていく一文を20年前は反発して読みましたが、20年振りに読んでみると胸に迫るものがありました。
 
自分の家の中にあっても気づかなければ忘れていた本でした。
先生のブログの「宝の庫を開く」に、この事を思いました。
 
この時期は、映像作品や記事を見ても当時の私の心境に応えるようなフレーズが入ってくる事が多くあり、敬愛修行会中の「私が最も敬愛をもって接しなければいけないのは私自身だな」という気づきを深めていくような功徳を感じていました。
 

そして修行していると、自分を徐々に広げていく際に身体が揺れ始め、徐々に揺れが大きくなり、宇宙法界では揺りかごに揺られているようでした。そこから揺れが徐々に小さくなり、自分へ戻る際に不意にその思いがフッときました。一瞬でしたが本当に晴れやかな気持ちでした。

「自分に敬愛をもつ」「自分を大切にする」がまったくわからない私だけに、突然そんな思いがきたのが本当に驚きでした。

奇跡の人でヘレン・ケラーがはじめて水を知った時のような、よくわからないけれどこの素晴らしい感覚は何?!というような戸惑いもありました。法というのは本当に不思議で有難いものだと思いました。

 

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