仕事中も、シリ ソワカを唱えています。気持ちがザワつく時にも、気持ちが落ち着いて正しい判断が出来、厄介だなと思うことでも機転が働き、問題になることもなく過ごせています。本当に不思議です。有難うございます。
以上の感想をいただきました。
シリ ソワカは祝福の意図があります。
そこを意識するとさらに功徳がつよくなります。
雑念妄想を消すため、単に意識をそらすだけだったらどんな言葉でも良いでしょう。
しかし、言葉は心を作ります。
そこに意図を込めるとさらに力を発揮します。
例えば、自分に向かって「コカコーラ」と言うと「コカコーラ」を思い出すでしょう。せいぜい、それにまつわる思い出を想起するぐらいかもしれないですね。あるいは「コカコーラ」が飲みたくなってコンビニに行くという行動動機となるでしょう。もちろん何かから気をそらすことにはなるかもしれませんが、はたして繰り返し唱えるでしょうか?
たとえば、感謝の気持ちで自分にむかって「ありがとう」と言うと、本当に体調も良くなってくるし、心も朗らかになります。ありがたい気持ちになると心に余裕が生まれてきます。
試しにやってみるとわかりますが、もし感謝の気持ちを込めないで言っても、ほんの少し気持ちが変化します。ほんの少しの変化は、大きな変化の第一歩です。
感謝と祝福をあわせると相乗効果があります。
心に少しでも余裕がでてくる。すると今までとは違った良い視点で外にあるのものを見ることができます。
悩みのある時や迷いがあるときは、狭まった一つの視点でしか、物事をとらえられない状態です。
弘法大師は
心暗きときはすなわち遇うところことごとく禍なり
眼明かなれば途に触れて皆宝なり
と説かれています。
心ひとつの置き所で、外界にある物の意味が変わります。
(ただし、これは自分の感情を抑圧するということではありません。怒りや悲しみ、不安などの感情は重要な感覚です。まずはそこを認めて、シリソワカと祝福することです)
私は電車に乗るときに、車両とすべての乗客を心のなかで
シリソワカと唱え祝福しています。
車を運転するときは、自分の車だけでなく、前後の車もシリソワカと祝福します。
ちょっと不思議だなと思うこともありますが、それよりなにより、
心穏やかで乗っていられます。すると道中、さまざまな宝が見えます。
実践した方だけがその醍醐味を味わえます。
雲の切れ間に富士山が見える。
上しか見えないが富士山があることがわかる。
祝福して、少しでもありがたい気持ちになる。
煩悩に覆われている自分の中にも、尊い心があることがわかる。