大森先生
いつもお世話になっております。
2月18日から豊川稲荷さまへの報恩謝徳の施餓鬼供養をよろしくお願いいたします。
(中略)
最近、実家に戻る機会が多く、その都度近所の神仏にご挨拶に回っています。
小学生のころ、遊ぶ場所は神社の境内か小学校の校庭、あとは近所の山(弘法山といいます。昔からお大師様とご縁がありました)でした。
弘法山の頂上にはお寺があり、たくさんの地蔵尊や観音様の石仏がありました。お寺はもう廃寺になっていると思いますが、石仏にはいつも新しい花が添えられて掃除もきちんとされているので、誰かが面倒を見ているのだと思います。
今思えばばち当たりですが、そこでかくれんぼをしたりサバイバルゲームをしたり、肝試し的なこともしていました。
夏祭りは近所の神社の氏子として毎年参加し、祭りの2日間は毎年最高に楽しかったです。
また、近くにある古いお地蔵様の「目が動く」という噂があり、実際何人か「見た」という子供もいました。
地面から掘り出された観音様を祀っているいるというお堂もあったり、子供ながら寺社の神聖かつちょっと怖い雰囲気が大好きでした。
私が育ったところはド田舎でもなく都会でもない地域でしたが、いまだに当時の寺社・石像などすべて残っており(目が動くお地蔵様は新しくなっていますが)、地域の信仰の強さを再認識しています。
以前お話しましたが、私は愛知県豊川市の出身で、豊川稲荷にはイベントがあれば必ず行っていました。
いろいろあり15年以上ご無沙汰しておりましたが、最近は実家に戻るときにはは必ず寄ります。
東京別院にも通うようになりました。
通いだすと、不思議と今まで感じていた「行き辛さ」が消えてしまい、「帰ってきた」という感覚がとても強いです。
幼少期に感じた神仏に対する「神聖さ」「怖さ」「不思議さ」など、体が覚えている感じです。
昔を懐かしむのは年を取った証拠だと思います。
しかし、懐かしいだけでなく、新鮮に感じられる部分もあります。
これは現在大森先生のご指導で仏教を体感しているからこそ、過去の記憶の中にも新たな発見があるのだと思います。
幼いころに神仏に接触するのはとても大事だと思います。
畏怖すべきものの存在が身近にあるからこそ、日本人の道徳心は高い水準を維持できているのではないでしょうか。
支離滅裂な話になってしまいました。
再度童心に帰って豊川稲荷の荼枳尼天様への信仰を新たな気持ちで始めたいと思います。
よろしくお願いいたします。