大森義成 滅罪生善道場 密教 善龍庵

懺悔 供養 祝福 報恩 敬愛 (c)善龍庵 大森義成 禁無断転載

敬愛と怒り

敬愛修行会の体験談をいただきましたのでご紹介します。

 

この方のように敬愛の修行をしているのに、他者から怒りをぶつけられたという報告をしばしば受けます。

 

実は私自身も経験していることです。これは修行が深まっている証拠です

自分自身の中にある気づいていない怒りが、他者に投影しているのです。

 

こういう時はまず自分自身の内側に向かって心静かに真言を唱えておくことです。

次に落ち着いてきたら怒りをぶつけて来た人をイメージして真言を無心に唱えることです。

その時はただ無心に真言を唱えることが良いでしょう。

すると自分の中の怒りに気づくことがあります。気づいたらただそのまま真言を唱えたらいいです。

無理に怒りを抑えるのではなく、ただ真言をとなえることが大切です。

 

それでも苦しい時は浄化呼吸法をしばらく繰り返してから真言念誦をすると良いでしょう。

 

愛染明王が煩悩即菩提を現し、忿怒尊であるように、敬愛と怒りというものは表裏一体です。

言い換えれば、怒りなくして敬愛もないということです。

 

そして、明王が怒れるごとく、私達の怒りもまた仏の徳としてはたらけば、厳しさとなって、諸魔を退け、精進の原動力となるでしょう。

 

愛染明王は赤色の蓮華座に乗っておりますが、怒りというものを栄養にして赤色の蓮華が咲くのです。

 

体験談

 

大森先生

愛染明王敬愛修行会に参加させて頂きました○○です。
昨日無事最終日を迎える事ができました。この度も大変お世話になりありがとうございました。

行中に気づいたことを簡単ではありますがご報告させていただきます。

・行の第一日目はご真言を唱え始めると非常に高揚した気分になり
敬愛法とはこんなに楽しいものなのかと感動したのですが、
二日目以降最終日までは初日の高揚感を再現できなかったのが残念です。
もしかして一日目の体験が「神仏に感応する」という事だったのでしょうか。

・ご真言を唱えているとどれだけ唱えても全く足りないという感じで、
まるで空の広いプールに小さなじょうろで水を注いでいるような気分でした。

・滅罪会の時と同様、行の途中に自分の心の深い部分を見つめる機会となりました。
沢山の怒りと悲しみを押さえつけている事に気づいたのは滅罪会の時にも共通するのですが
負の感情にエネルギーを取られ過ぎて正の感情がおざなりになり過ぎていた事に気づきました。

・自分で自分を押し殺してはいけないなと反省する気持ちが出ました

・これが一番行の報告らしい話になりますが、
行を始めてすぐ職場で一番攻撃的だった同僚がここ10年見たこともないくらい優しく好意的に
接してくれるようになりました。部分的な変化ですが大変驚いております。
ただ、行が明けた本日、何故か立て続けに男性社員や上司からきつい八つ当たりがあり
見ていた同僚も首をかしげる唐突さだったので
これも行の結果の何かの印なのだろうかと悩んでいます。

以上ご報告とお礼まで、長文失礼いたしました。
本当にありがとうございました。


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両頭愛染明王

深秘の愛染明王で怒りと慈悲と表す両方の頭を持つ。